大判例

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横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)698号 判決 1985年3月26日

原告

杉山洋一

右法定代理人親権者父

杉山恒雄

同母

杉山千恵子

右訴訟代理人

瀧澤國雄

宮寺幸男

被告

渡辺弘

右訴訟代理人

濱田武司

主文

一、被告は、原告に対して、三四六万一五〇一円及びうち三一六万一五〇一円に対する昭和五七年四月八日から、うち三〇万円に対するこの判決確定の日の翌日から、それぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、これを三分して、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。

四、この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一請求の原因1(本件事故の発生)の事実は、当事者間に争いがない。

二そこで、請求の原因2(責任原因)の事実について判断する。

1  <証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件交差点では、被害車進行道路(幅員六メートル)と加害車進行道路(幅員3.5メートル)とが直交し、被害車進行道路は、原告の進行方向に向つてゆるやかな(一〇〇分の五)下り勾配になつている。加害車進行道路、被害車進行道路とも、それぞれ前方の見通しはよい。しかし、加害車進行道路は、本件交差点右手前角付近に高さ1.2メートルの生垣があるため、右方道路すなわち被害車が進行して来た道路の見通しはよくない。本件交差点では、車両の最高速度を三〇キロメートル毎時とする規制がされており、交通整理はなされていない。被害車進行道路には、本件交差点手前で一時停止の規制があり、その旨の標識・標示がなされている。

(二)  被告は、たまたま付近に車両が見えなかつたことから、被害車進行道路から本件交差点に進入して来る車両はないものと思い、時速約二〇キロメートルの速度で本件交差点を直進し、本件交差点中央付近で、加害車左前部を被害車の左ハンドルグリップに衝突させた。

(三)  本件事故当時、原告は、父杉山恒雄とともに近所のフィッシングセンターへ行く途中で、被害車である子供用の自転車に乗り、約一〇メートル先を走行していく父恒雄の自転車に従つて、被害車進行道路を進み、本件交差点にさしかかつた。父恒雄は、本件交差点の左右道路を見たが、車両が見当らなかつたので、そのまま進行した。原告は、本件交差点に進入するに際して、一時停止することなく、そのまま進行して本件交差点の中央付近で加害車と衝突した。

2  右認定に反する<証拠>は、前掲各証拠に照らしてたやすく措信しがたく、他に右認定に反する証拠はない。

3  右1で認定した事実によれば、原告が請求の原因2(責任原因)で主張している被告の過失を認めることができる。

三次に、損害について判断する。

1  傷害及び後遺障害について

<証拠>を総合すると、原告主張の傷害及び後遺障害(請求の原因3の(一)の事実)を認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。

2  黒河内外科の治療費 三六万六九〇〇円

黒河内外科への通院交通費八万八五〇〇円

<証拠>によれば、黒河内外科の治療費として三六万六九〇〇円、黒河内外科への通院交通費として八万八五〇〇円を必要としたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

3  横浜小児センターの通院治療費及び通院交通費 四万八〇〇〇円

<証拠>によれば、原告は、横浜小児センターの治療費三〇〇〇円、原告が自宅から同センターの往復に要したタクシー代一万六〇〇〇円、同セソターの池田医師に対する謝礼一万五〇〇〇円及び同医師を同センターから東京まで送つたタクシー代一万四〇〇〇円を必要としたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

4  再手術費用 四〇万円

<証拠>によれば、原告の屈曲した左手第四指を伸ばすためには再手術を要し、少なくとも四〇万円の手術費がかかるものと認められる。(被告は、再手術をしても原告の左薬指の運動機能が回復するか否かは不明であるから、再手術の必要性は疑わしい旨を主張するが、再手術によつて左薬指の運動機能が完全に回復することはないとしても、なお、その屈曲した外形を直すことに原告の利益があると認められるから、再手術の必要性を否定することはできない。)。

5  バイオリン改造費 六四万七〇〇〇円

(一)  <証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告は、三歳半すぎころからバイオリンを習い始め、四歳半のころからは、桐朋学園大学及び東京音学大学の弦楽器の講師をしかつ演奏家としても活動している篠崎功子に師事してバイオリンを学んだ。原告はバイオリンを非常に好み、七歳当時にバッハ、ヘンデル、モーツアルト、ビオッティ、バルトーク、ペリオ、クライスラー、ロード等の通常同年齢ではこなせない曲をマスターしていた。さらに、八歳では、メンデルスゾーンの「バイオリン協奏曲ホ短調作品六四」、パガニーニの「カプリチオ集作品一(二四のカプリチオ)」、サラサーテの「バスク綺想曲作品二四」等の曲を苦もなく弾いていた。そこで、原告の父恒雄は、原告を将来バイオリンのソリストにしようと考えていた。

(2) ところで、バイオリンは製作者に特別注文しない限りはすべて左手でバイオリンをかかえて右手で弓をひくいわゆる正常演奏用に作られているため、原告は、バイオリンを習い始めた当初から正常演奏をしていたのに、本件事故によって演奏に不可欠の左小指及び左薬指に前記の後遺障害が残つた結果、正常演奏をすることは不可能になつてしまつた。原告は、バイオリンをきわめて好んでいたため、本件事故後しばらくは非常に悲観し、自分の左手を見ることも音楽をきくこともいやがっていたが、一箇月ほどしてから、師の篠崎功子に対し逆演奏でもよいからバイオリンを教えてほしい旨を、両親ともども申し入れた。

(3) しかし、前記のとおり、通常のバイオリンは正常演奏用に作ってあるため、それを逆演奏用に直すには、弦や駒を、左手で弦を押さえるための構造から右手で押さえるための構造に取り替えるだけでなく、バイオリンをいつたん分解して、中に立つている魂柱やバス・バーを逆にして再び組み立てなければならない。原告は、本件事故当時使用していた子供用の四分の三バイオリンを逆演奏用に改造し(この改造には一五万円の費用がかかつた。)、逆演奏の練習を始めた。しかし、バイオリンと弓を以前の逆に持ち替えたため、正常演奏ではすでに修得した技術を再度修得しなければならないことも多かつた。

(4) さらに、原告は、現在、逆演奏をしているが、弓を持つ左手の力が弱く、専門家にそれを指摘されている。原告の左薬指の屈曲・運動の不自由は、運弓に対してはあまり影響を及ぼさない。

(5) 原告は、本件事故後まもない昭和五三年一二月ごろ子供用の3/4バイオリンを逆演奏用に改造(費用一五万円)して使用していたが、その後、昭和五六年六月ごろ大人用のバイオリンを逆演奏用に改造(費用三四万七〇〇〇円)して使用している。また、同年七月ごろ、原告は、前記3/4バイオリンを売却してその売却代金を右の大人用バイオリンの購入費用の一部にあてるため、前記3/4バイオリンを再び正常演奏用に改造した(改造費用は一五万円である。逆演奏用バイオリンを使用する人はきわめてまれであるので、正常演奏用に改造しないと売れない。)。

(二)  右の各事実によつて判断するに、バイオリンは原告の生活の重要部分を占め、現在までに要した改造費用は、いずれも事故と相当因果関係にある損害といい得る。しかし、将来予定される改造費については、改造を必要とする事情、すなわち、原告の音楽的成長が著しくその表現力が高価な楽器によることなしには満足し得ないという事情が現在明らかであるとは認め難い。

6  関係者への謝礼一九万三〇〇〇円は、甲第二二号証にその内訳の記載があるけれども、本件事故との相当因果関係を認めるに足りる証拠がない。

7  後遺障害による逸失利益 一三四万七三一七円

前記1認定のとおり、原告の左手の薬指及び小指には請求の原因3の(一)記載の後遺障害が残つたことを考慮すれば、原告は、その一八歳時である昭和六二年から稼働可能と考えられる六七歳までの四九年間を通じて、その労働能力の五パーセントを喪失したものと認めるのが相当である。

そして<証拠>によれば、原告は昭和四四年一二月一九日生れの健康な男子であると認められるから、本件事故にあわなければ一八歳時から六七歳時まで稼働して、昭和五三年度賃金センサス第一巻第一表、産業計、企業規模計、学歴計の男子労働者平均賃金の年間合計三〇〇万四七〇〇円の収入を得ることができたものと推認されるので、右の額を基礎として前記労働能力喪失割合を乗じ、同額からライプニッツ方式により年五分の割合による中間利息を控除して、右四九年間の逸失利益の本件事故当時における現価を求めると、その金額は原告の請求額を超えることが明らかである。

300万4700円×0.05×(18.8757−7.7217)=167万5721円

8  過失相殺

前記二の1において認定した事実によれば、本件交通事故に関しては原告及びそれと同視しうる原告の父杉山恒雄に過失があるものと認められるので、これを総合した原告側の過失の全体に占める割合を三割として原告の損害からこれを控除するのが相当である。

9  慰謝料 一五〇万円

右5の(一)の(1)ないし(4)において認定した事実その他本件にあらわれた諸般の事情を総合すれば、本件事故によつて原告が受けた精神的苦痛を慰謝するために相当な金額としては一五〇万円が相当であると認められる。

(被告は、原告がバイオリン演奏に関して相当の才能を有していたことは認めるけれども、バイオリニストをめざす少年少女はきわめて多いこと等の事情を考慮すれば、本件事故がなくても原告がバイオリニストとして大成する可能性はむしろ小さかつたから、原告についても通常の少年の場合と同様の慰謝料を考慮すれば足りると主張する。しかし、原告がバイオリニストとして大成する可能性が結局のところ小さかつたとしても、前記認定の事実によれば原告が相当の才能を有していたことは認められるのであるから、原告が、幼年期・少年期・青年期をかけて、バイオリニストとして大成するという目的を追及すること自体に独自の価値が認められないわけではない。しかし、原告及び原告の父が本件事故の発生につき相当の過失を有するという前記認定の事実、さらに、同人らが、バイオリニストにとつて両手の指はきわめて重要なものであり、かつ、自転車などに乗ればその指に損傷を受ける可能性が相当大きいことを認識できたにもかかわらず、あえて自転車に乗つたという事情(これは、原告法定代理人杉山恒雄の尋問の結果により認められる。)その他本件にあらわれた諸般の事情を総合して、前記のとおり一五〇万円が相当と認めた。)

10  損害填補 三六万六九〇〇円

被告から原告に対し三六万六九〇〇円の損害填補がなされたことは、当事者間に争いがない。

11  弁護士費用 三〇万円

本件事案の性質、審理の経過、認容額に鑑みれば、原告が本件事故による損害として賠償を求めうる弁護士費用の額は三〇万円を下らないものと認める。

四よつて、原告の請求は、被告に対して、三四六万一五〇一円及びうち三一六万一五〇一円に対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年四月八日から、うち三〇万円に対する本判決確定の日の翌日から、それぞれ支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余の部分は失当であるから、これを棄却して、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条の規定、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(三井哲夫 曽我大三郎 加藤美枝子)

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